2012年01月10日

『ボーナス映像』

早速、Kaz FujitaがGIFファイルを送ってくれました。さんくす!



◆エウジェニオさんが上りはじめるところ。


◆木を大きな山刀で削りはじめたエウジェニオさん。


◆数分後、笛が完成!いい音がするんだ。


長編「アマゾン!赤道直下の街をゆく。」スタートページはこちら↓
http://swampwater.hamazo.tv/e3401686.html   続きを読む
タグ :

2012年01月10日

『異空間からの帰還』(最終回)

朝6時に起床。
ブラジリアからやってきたという男性と
ロックの話で盛り上がりつつ朝食をとり、精算を済ませる。

ホテル・デウス・メ・デウともお別れだ。
7時半に空港行きのバスが出るというので
なんとなく人が集まっているところになんとなく並ぶ。

バスが来た。
前日キム牧師が言っていた通り
見た目以上に中身も相当年季が入っている。
TRIPの従業員が運転し、空港職員も乗り込む。

バスは公営市場の前を通り、
Bar e restaurante MMの角を空港方向に左折する。
ボア・エスペランサの丘の麓に墓地が見えた。
インディオ率の高い街だけあって供えられている花も鮮やかだ。

おんぼろバスは上り坂で止まりそうになりながらも頑張って進む。
飛行機が遅れるのを心配する前にこのバスが遅れそうなのだ。

ヤノマミ族のコミュニティの前を通過するとUEAや軍隊の建物が見えてくる。
この道をまっすぐ行くと高速艇やバルコの船着き場で
左折すると空港に辿りつく。
マナウスからの高速艇を降り、
真夜中この道を通って
サン・ガブリエル・ダ・カショエイラのの市内に向かったんだ。
10日間なんてあっという間だなあ。

森が少し開けてきたところに小さな空港があった。
サン・ガブリエル・ダ・カショエイラは、
「小さい滝の聖ガブリエル」という名前がつく前は
その形から「犬の頭」(cabeça do cachorro)とか
近くを流れるウアペス川から「Uaupés」と呼ばれていた。
空港にもその名がついている。
それにしてもAeroporto de Uaupés(ウアペス空港)は
バスに負けないくらいのボロさでたまげた。

何といっても世界の経済力6位の国だよ。ブラジル。
そのブラジルの空港とは思えない。
電気がないから暗い。
電気って照明がないってことではなく
本当に電力がないのでコンピューターなどの類は一切ない。
カウンターがあるだけ。

航空チケットはその場で身分証明書を見ながら手書きで行われる。
案の定またThoshimiとか書かれた。

チェックインする前に警察による荷物検査がある。
さすが、コロンビア、ベネズエラ国境の街だけあって厳しい。
ブラジルの他の地域ではこんな検査まずないんじゃないかな。
果実などを持ち出していないかなど聞かれたが
スムーズに終了した。

従業員に「出発は時間通りですか。」と聞くと
「たぶんね。天気次第だなあ。」と答えてくれた。

汚い空港の隅、さらに暗いスペースに
おばちゃんが飴やガムの入ったビンや
コーヒーの入った魔法瓶を置き始めた。
あっという間に空港内に喫茶店が完成した。

空港は市内とまるで逆で
インディオ率は極めて低い。
汚い空港だけど、ここに住む人たちには手の届かない無縁の場所なんだろう。
飛行機に乗り込むために
開いた待合室の扉が
インディオのの空間から現代社会へ戻る扉のような気がして
なんだか不思議な気分がした。

わしらを乗せた
プロペラ機がマナウスに向かって飛び立つ。

ホテルのおばちゃんが言っていたとおり
クリクリアリ山脈はセントロから見たら
女性が横たわっているように見えたけど、
上空から見たらまるでバラバラ。
「眠れる森の美女」も幻だったようだ。

濃い思い出をありがとう。
さらばサン・ガブリエル・ダ・カショエイラ。
また会う日まで!

(おしまい)

◆空港までの送迎バス。昭和のヒーローものに出てくる悪の組織の車ではない。


◆サン・ガブリエル・ダ・カショエラ空港。レストランではない。


◆TRIPの中でも一番小さいプロペラ機で現実の世界に戻る。



長編「アマゾン!赤道直下の街をゆく。」スタートページはこちら↓
http://swampwater.hamazo.tv/e3401686.html   続きを読む
タグ :

2012年01月10日

『浜辺のバーでライヴ』

浜辺には何軒かのお店が並んでいる。
この数日間毎日通った「アサイーあります」のお店。
その隣がタトゥー自慢のコロンビア料理のバー。
さらにその隣にも店がある。
今まで行ったことがなかったんだが
雨宿りしながらそこを通り過ぎてビックリした。

大きなカメを2匹まるごと網焼きにしていたのだ。
今までアマゾンでは、
ワニ、ピラニア、エイ、パッカ(野ネズミ)の他
カメの肉もカメの血の料理も食べたわしだが
網焼きはさすがに衝撃的だった。

通りの向こうにあるのがKUKAという店だ。
ダルシー兄弟がすでにスタンバイ。
時刻は9時半を回っているのにまだライヴはスタートしていないようだった。

外は酷い大雨だが
少しずつお客さんたちが集まってきた。
屋根はあるもののステージは外だ。
雨の音もバックにつけてダルシー兄弟がブラジル音楽を歌う。
伝説のバンド「レジョアオ・ウルバーナ」の曲はさすがに人気がある。
ダルシーはマナウス出身。
活動場所をこのサン・ガブリエル・ダ・カショエイラに移してもう数年になる。

数曲演奏した後にステージから声がかかる。
「友だちを紹介するぜ。日本からきたんだ。」
そしてライヴがはじまった。

お客さんのひとりが誕生日だというのでバースデイソングを歌う。
ジャパニングリッシュで
「はっぴばーすでーとうーゆー」と歌うのも味気ない。
そこでマナウスの日本語教室の教科書にも載っているバージョンで歌った。
かなーり幼稚な歌詞なんだけどこっちの方が喜ぶだろう。
「うれしいな 今日は
 たのしいな 今日は
 たんじょうび おめでとう
 おうたをうたいましょう」
わしもこんな歌詞があるのをブラジルに来て初めて知ったよ。
外国語はかっこよく聞こえるのか、本人は大喜びだった。

「本当に素晴らしいわ。
お洒落よ。最高にイカシテいるわ。」
こういうときの大袈裟なブラジル人のノリは大好きだ。

客席の中には
ボア・エスペランサの丘を案内してくれたサラもいる。
今夜はずいぶんとお洒落している。

ライヴは続く。
エリック・クラプトンにCCR、イーグルス。
それからブラジルでも大人気のドイツのバンドスコーピオンズが書いた
「WIND OF CHANGE」もダルシー兄弟と一緒に歌った。

客席から一人の女性が飛び入りで
パウラ・フェルナンデスの曲を歌い出した。
これが激ウマ!
ブラジル人の能力には本当に驚かされる。

日本と違って
ブラジルでは学校のカリキュラムの中に
美術の授業や音楽の授業がない。
音楽については、
幼いころから家族に連れられて行く教会での活動がその代わりになっているんだと思う。
そこには、信仰があり家族がありビートがある。
日本のようながっちり義務教育の中に組み込まれた音楽理論や
グループとしての和、一体感、統一感はないが
何よりブラジルの人たちは楽しむことの術を知っていると思うのだ。

やはり突出している人はいるもので美術、音楽、スポーツ、映画…など
ブラジル人アーティストのセンスには素晴らしいものがある。

コロンビア人の男性が手紙を書いてわしのところに持ってきてくれた。
字が汚くて何が書いてあるのやらさっぱりわからない。
酔っ払いながら何かを伝えたいらしい。
スペイン語だし呂律は回ってないしなんだが
「自分には才能がないが歌っている人を見ていると楽しいんだ。
ありがとう。ありがとう。」とか言っているのはかろうじて理解できた。
あとはまったく意味不明だったけど、そういってもらえるとありがたい。

盛り上がる会場を後に雨の中をホテルまで戻った。

いい思い出になったよ。ダルシーありがとう。

◆ダルシーが街で声をかけてくれてライヴが実現。Obrigado!


◆KUKAは浜辺のお洒落なバー。


◆ブラジルでの逆さ弾きは二人で。


◆陽気なお客さんのおかげでずいぶん盛り上がったよ。


長編「アマゾン!赤道直下の街をゆく。」スタートページはこちら↓
http://swampwater.hamazo.tv/e3401686.html   続きを読む
タグ :

2012年01月10日

『丘の上のラジオ局からこんばんはネグロ川』

ホテルで荷造りを済ませたころ、小雨が降り始めた。
時刻は7時30分。
もうデニウソンさんの番組もスタートしている。
丘の上のラジオ局まで歩いていこう。

コロンビアやベネズエラにも電波が届いているという
公営ラジオ局「Radio Municipal」の番組
「Boa Noite Rio Negro」(こんばんはネグロ川)がデニウソンさんの番組だ。
毎週月曜日と木曜日午後7時から11時までの4時間。
ディレクターもいない殺風景なスタジオの中
すさまじいラテンのテンションでひとり番組を進めていく。

「ラジオの前のみんな。今夜は日本から素敵なゲストが来ているぞ。
もう少ししたら生演奏もはじまるからな!」
すさまじいスピードでまくしたてる。
えらい上機嫌で、どこまでも陽気。BGMもラテンアメリカそのものだ。
インタビューを挟みながら
SWAMP WATERのCDにも収録されている「時代よ変われ」
ジョンレノンの「Imagine」それから「島唄」の3曲を生演奏した。

とにかくデニウソンが異常なほどのテンションで喜んでくれ
写真は撮りまくるわ、自分も歌い始めちゃうわで非常に楽しかった。

夜の浜辺でのライヴも宣伝してもらい、わしの出番は終了した。

さあ、ライブ会場に向かおうと外に出ると
さっきの小雨はものすごい雨になっていた。雷も鳴っている。

数分後にデニウソンがスタジオから出てきた。

「あれ?番組はどうしたの?」と聞くと
「雷が鳴り始めたら、危険だから番組は終了しなきゃいけないんだ。
隣の建物にある配電盤のスイッチも今から切ってくるよ。」とのこと。

雨が小降りになるのを待って浜辺のバーKUKAに向かった。

◆「こんばんはネグロ川」に生出演。


◆デニウソンもノリノリだ。


長編「アマゾン!赤道直下の街をゆく。」スタートページはこちら↓
http://swampwater.hamazo.tv/e3401686.html   続きを読む
タグ :

2012年01月10日

『キム牧師ふたたび』

午後5時きっかりにキム牧師の教会にいくと
綺麗に作ったチョコレートのロールケーキと
ポンデケージョ、パインジュースが食卓に並んでいた。

「待っていたよ。」とキム牧師が現れた。
「サン・ガブリエル・ダ・カショエイラは楽しんだかい。」と聞くので
「ええ。年末のイベントに出演させてもらいました。凄い人で楽しかったです。
それからインディオ・ドウやマンジョーカの畑にも行きました。」と答えた。

「それはよかった。
でもね、悲しい事件もあったんだよ。
ここの人たちは一旦アルコールが入ると抑えが利かなくなってしまうんだ。
喧嘩、喧嘩、また喧嘩さ。
君たちが楽しんだあのイベントの夜、少なくとも6~7人が死んでいるよ。」

「え?本当ですか。あの日だけで、そんなに…。
やはり若い男性同士の喧嘩だったんでしょうか。」

「いや、年齢も性別も関係ないよ。今年は40~50代の女性も亡くなった。
この場所は本当に問題が多いんだ。
ところでトシミはおじいさんが牧師でお父さんも教会を手伝っていると言ってたね。
きみはどうして信仰の心を持たないんだ。」

わしは信仰の心をもたないわけではないし
いろいろ誤解を生むのは嫌なのでここには詳しく記さないが
とりあえず自分の意見をキム牧師に伝えた。

キム牧師とはその後も
浜松に住む韓国人を含む外国人の話や日本での韓流ブームの話、
第二次世界大戦当時の韓国人への扱いや戦後の補償についてなど
お話することができた。
ポルトガル語での会話だから100%彼の行っていることは理解できていないけれど
自分の意志ははっきり伝えることができたと思う。

キム牧師はネグロ川に浮かぶ大きな船を持っている。
赤十字のマークが描かれたその白い船には
医師や看護士、歯科医などが乗船し
アマゾンの奥地に住むインディオたちの治療にあたる。
キム牧師はその手助けをしているのだ。

「明日、マナウスに帰るんだろう。
ホテルの前から空港まで無料のバスが出ているはずだよ。
おそろしく古くて、おそろしく汚いけどね。無料だよ。
今から航空会社に確認をとってあげよう。」
キム牧師はお土産までくれた。
そして別れ際に
「天国でまた会えることを楽しみにしているよ。」とがっちり握手してくれた。

ありがとう、キム牧師。また会いましょう。

◆キム牧師の教会はセントロから外れた郊外にある。


長編「アマゾン!赤道直下の街をゆく。」スタートページはこちら↓
http://swampwater.hamazo.tv/e3401686.html   続きを読む
タグ :