それではみなさまいってまいりまなうす。

としみん

2010年06月30日 21:34

今朝の読売新聞。
大きく出てしまいました。



ちと恥ずかしいけどこんな記事。
(ネット上のいろんなニュースにも載ってただよ)

FMの人気司会者、日本語ボランティアに転身
2010年6月30日(水)09:19

(読売新聞)
 浜松エフエム放送の元人気パーソナリティー・鶴田俊美さん(44)
(浜松市中区中沢町)が7月1日、日系社会シニア・ボランティアの
一員としてブラジルに出発する。

 任期は2年で、日本語教師のレベルアップなどに取り組むほか、
ブログを通して同国の日系社会の姿を浜松の子どもたちに発信する。

 「南米に渡った先人の偉業を伝えることで、
浜松に住む外国人児童・生徒へのいじめをなくしたい」と意気込む。

 鶴田さんは学習塾講師の傍ら、浜松エフエム放送のパーソナリティ(司会者)として
今年3月末まで約10年、活躍。音楽グループの一員としてライブ活動も続けた。
楽しかったが単調さも感じ始めていた2008年春、外国人向け日本語教師養成講座の
受講生を募集するポスターが目に留まり、主催の浜松学院大学に申し込んだ。

 講座でブラジル人らを相手に教壇に立ち、本国で歯科医や
中学、高校の教員といった資格を持つ生徒らと知り合った。
皆「日本の工場で働く方が稼げる」として出稼ぎに来ていた。

 日系人社会への興味が深まった鶴田さんは、同年秋、
JICA(国際協力機構)の日系社会シニア・ボランティアに申し込んだが、
経験不足から不採用に。その頃から、リーマンショックの影響が徐々に広がった。
生徒らは軒並み派遣切りに遭い、
新たな勤め先を求めて慣れない日本語の履歴書と格闘していた。

 苦労を目の当たりにした鶴田さんは09年春の講座修了後も、
ブラジル人が経営するレストランや外国人住民が多い団地の集会所など
計16か所に出向き、外国人児童・生徒向けに学習支援や日本語指導を行った。
子供らと接する中、日本で受けるいじめや差別のほか、
約100年前にブラジルに渡航して荒れ地にクワを入れた祖先の労苦話を聞いた。
心を痛めると同時に、日系人社会への思いを募らせた。

 09年秋、満を持してシニアボランティアに再挑戦し、
経験を踏まえて「浜松の子どもたちに、ブラジルから日系社会の歴史を伝え、
外国人の子どもに対するいじめをなくしたい」と訴え、採用が決まった。

 ブラジルでは、アマゾナス州などで現地の日本語教師のレベルアップや、
日本語の学習プログラムの整備といった「本業」に加え、
渡航したらすぐにもブログ「ビバ・アマゾン」を立ちあげ、
日系社会に生きる人たちの姿や歴史を紹介するという。
「やりたいことは山ほどある。ブラジルで経験を積み、
浜松に戻った後もいかしたい」と張り切っている。

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とまあ、
まだなーんもしてないっちゅうのに
ちょっとこっぱずかしいですがこんなんです。
O記者の書いてくれた記事に負けないくらいの活動をせねばいかんずらよ。

今日は、葵が丘小学校の校長先生にお会いしてきたよ。
校長先生も外交人児童担当の先生も非常に協力的で
嬉しかったなあ。所さん、ありがと。

午後は、
PHOTOカフェでBUNさんのアイスコーヒーを飲んだ後
セルビパンの皆さんに挨拶に行ってきた。



群馬のブラジリアンスーパーで
セルビパンの製品を見つけたときの
歓びを伝えるのを忘れちゃったよ!
明日電話しよ。

夜は両親との食事会。
かに食ってきただよ。

んーメールもいっぱいいただき感謝感謝だ。

でもって荷作りまだ終わってないっす。

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