12月6日(木)
今日はポルトガル語を教わった。
先生はガブリエルさんだ。彼についてはまたの機会に詳しく!
わしにとって、生まれて初めてのポルトガル語の先生は、ホザンジェラさん。
伝説のゴールキーパーである柏レイソルのシジマールの奥さんだ。
お二人からはブラジルに来る前「絶対負けナーイ!」と胸に書かれたTシャツをいただいた。
それを着ながら絶対負けナーイ!と思いながら生活してる。(時々負けそうになるけどね…。)
先日、久しぶりにFacebookでホザンジェラと会話できた。
こういう時、Facebookは便利だ。
柏市でレストランフェイジョンもオープンして一周年。
http://feijao.jp/
次にポルトガル語を教えてくれたのは、ビアトリス先生。
基礎からブラジルの生活から「ヴィオレッタクラス」でJICAの横浜研修で毎日5時間みっちり教えてくれた。
今も連絡は時々取り合うもののもう3年近くお会いしていない。
ああ、あの時もうちょっとがんばっておけばよかったなと思うのはわしの悪い癖。
横浜時代とあまりポルトガル語の能力が変わってないような気がするので悪くなっちゃう。
マナウスに着いてからは、KUMONにも少し通った。
最初に教わったシンティアさんはまだ若く、
訛りのきつい英語で説明しようとするので非常に分かりづらかった。
その後、一時期KUMONは辞めてしまうのだけど、
再開したときの先生、プリシラさんはすごく優しいひとで(気分の波もあるが概ね調子はいい)
引っ越してちょっと歩いて通うのがしんどくなった新しいKUMONの教室まで車で送ってくれたりもした。
財力と時間があったら。もうちょっと通いたかったってのが本音。
時間が無いってのは、ブラジル流言い訳かもしれんが…。
UFAM(アマゾナス連邦大学)のミシェーリ先生にも教わった。
とても忙しいスケジュールを割いて授業の時間を作ってくれた。
ブラジルのバンドROPA NOVAを教えてくれたのも彼女だし、
インディオの街サンガブリエルダカショエイラにいくきっかけも
彼女が授業の時に持ってきた一枚の新聞記事だったよ。
話し始めると止まらなくなってしまうわれわれは水も飲まずに3時間4時間喋りっぱなしってのもざらだった。
そんなミシェーリさんが研修で日本に行ってしまった時は、
日本語教室の先生であるハファエルさんがポルトガル語を教えてくれた。
聴きとり問題もマンガを使った問題も文法の説明もとてもよかったけれど、
一番大事なのは人間性なんだなと改めて感じさせてくれる授業だった。
毎回の授業はとても楽しかったけれど別れは突然やってくるものだ。
サンパウロでの勉強のため、彼は先月末マナウスを離れていった。
そして、今は、ガブリエルさんが教えてくれている。
とても誠実なひとなんだ。今までの先生たちとは違った切り口での授業。
ゆっくりのんびり楽しんでいこうと思ってる。
わしの才能のなさからか、
怠惰だからか、
要領が悪いからか、
(多分全部なんだろうが)ぶいーんと急に語学力がアップすることはないだろうけど、
とりあえず続けていきたいなあとは思うよ。
こうして書き連ねてみるといい先生ばかりだもん。ちゃんとやらんと申し訳ないっす。