インディオ部落訪問の話はずいぶん長くなってしまったけど
実はたった二日間の話なんだよね。
異文化を知るということは面白い。
ずいぶんBlogの更新も無茶苦茶になってきたが
短いながらいろいろな記録を残しておこう。
インディオ部落から帰ってきた翌日訪れたジ・パラナの話。
生のブラジル人の生活も知りたかったのだ。
ロンドニア州の州都であるポルトベーリョには
ポルトベーリョ日系クラブという日系団体がある。
2年半前から何度もイベントに参加したり
お手伝いしたり授業したり勉強会したりしてきた。
日系団体だが、会長は非日系人女性のマルレイニさん。
彼女は、イベントのたびに
384キロ先のジ・パラナという街からやってくる。
約400キロというと
東京から北は岩手県の盛岡市、西は兵庫県の神戸市くらいの距離。
遠いでしょ。
イベントのときはこの距離を
身重のときであろうと
肉満載の自家用車でかっ飛ばしてくる。
誰よりも早くやってきて
誰よりも遅くまでいたのが印象的だった。
初めて会った時から
「いつか私の街にも遊びに来てね。」と言ってくれていたので
インディオ部落を訪れた翌日にお邪魔してきた。
ロンドニア州ジ・パラナ市。
ここは木材と乳製品の街。
郊外はどかんと牧場が広がっている。
正月に訪れたドラードスの大豆畑同様
これはもう写真や言葉では表せないほどの広さなのだ。
日系人でホテル経営をしているひとがいたり
日本風レストランが1軒あるが
純粋な日本人の人口はゼロに等しい。
ポルトベーリョから目的地までは
乗合タクシーですっ飛ばして3時間もかかった。
(バスだともっとかかるのだよ)
残念なことに今回の訪問は、
ほとんど一日中大雨で
観光らしい観光もできなかったんだけど、
それでも、奇跡的に晴れた数時間を
牧場や豚小屋、牧草地帯、そしてイガラペ(小川)で
現地の人たちと過ごせたのはいい思い出になったよ。
鳥の煮込み料理とトウモロコシのおやつを食べたら
トラックの荷台に乗って
牧草地帯を揺られながら小川を目指す。
小川では水浴び。
なんとものどかな日曜の午後だったなあ。
友達の一人
バドさんはコーヒーの畑を持っているという。
手製の竿とトウモロコシの実で釣りを始めた。
わしも隣で一緒に釣りをしたが二人とも
釣果はゼロだった。
豚小屋でぴーぴー鳴く子豚を見た後すぐに
子豚の丸焼き料理をおやつで食べるという豪快さ。
まあ、ここでは当たりまえのことなんだけど…。
マルレイニさんの旦那さんアンデルソンさんも
アルトゥール トビアス ヘベッカといった子どもたちも
それからお友達の一家も
みんないい人たちだったよ。
ちなみにもう一人の娘の名前はオハナちゃん。
花が好きなマルレイニさんらしい。
ブラジル名はスカーレット。
合わせるとどうなるかわかる?
スカーレット・オハナちゃん!
うそのようだがホントなのだよ。
「風とともに去りぬ」。
翌日、大雨の中
生まれたばかりの赤ちゃんをベビーシッターに預けて
マルレイニさんが市内を案内してくれた。
インディオ関連の土産物屋や
通信博物館。(昔の電信局跡地)
これが昔で
これが今の姿。
マシャード川とウルプ川の合流地点にあるハートの形をした島。
郊外にある空港。
そして、アンデルソンさんの職場である大きな問屋の
社員食堂でご飯を食べて帰ってきた。
午後はスーパーで買い物だ。
この後、マルレイニさんのリクエストで
天ぷらを大量に作ったのだった。
ブロッコリーに茄子にシメジに
ニンジン、タマネギ、さつまいも、かぼちゃなどなど。
簡単に天ぷら作りといっても
ここは材料が乏しいからねえ。
粉だってまともな天ぷら粉なんてないから
ビールを混ぜたりいろいろ工夫して揚げるのだ。
しょうゆとだしでたれを作る。
塩だけで食べるのも旨いよと教える。
揚げはじめて数十分。
うまくカラッと揚がらなくなった。
なぜだ?なぜだ?なぜだ?
答えは簡単。
ガスボンベのガスが空になったのであった。
ここで料理も食事も中断して
タンクを背負ってガスを買いに街に繰り出す一家。
家にわしら夫婦を残して
みんないなくなった。
まさに「風とともに去りぬ」
超マイペースだよなあ。
無事ガス調達に成功して料理再開。
天ぷらも大好評だ!
楽しい時間はあっという間。
晴れた日のジ・パラナを見ることは叶わず
バスの出発時刻が来てしまった。
ここからポルトベーリョまで
7時間(!)のバスの旅。
マルレイニさんありがとー。
また日本文化週間で会いましょー。